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2017年10月26日木曜日

「環境と自覚」 1年 神崎大雅


「環境と自覚」
1年 神崎大雅

こんにちは。
今回ブログを担当することになりました。
経営学部一年の神崎大雅です。

私が常に強く意識してることを書かせていただきます。
私は「人間として、サッカー選手として」成長するために明治大学体育会サッカー部への入部を希望しました。人間が成長するためには、具体的には何が必要でしょうか?
私は「自覚と環境」だと思います。

幼稚園からサッカーを始めて、サッカーの魅力と奥深さに取りつかれ、大好きなサッカーを職業にしたいという目標を持ちました。地元の豊橋を離れ、名古屋、大阪と自分の経歴を全く知らない土地で自分を追い込み、サッカーと自分自身に挑戦してきました。

明治大学体育会サッカー部の部員は志も高く、技術も優れているので、チームでの連動性、プレーイメージの共有ができ、とても楽しくサッカーができます。しかし、成長するための環境とは単に楽しいだけの環境ではありません。チームの一員として仲間を思いやり、チームの仕事を通して集団の中で責任を果たすこと、また礼節を重んじた人間関係を学ぶことができること場所は、自分を成長させるための素晴らしい環境です。
時には精神的、肉体的に苦しいこともありますが、その厳しさの中で自分を鍛えることが、強い自分を作ることだと信じています。

私の今までのサッカー人生は決して平たんなものではありませんでした。
小柄であるためにカテゴリーが上がるたびに苦労しましたが、小柄であるという事実を素直に受け止め、どうすれば相手と戦っていけるかを考えることで壁を乗り越えてきました。
これからも、人の何倍も頭を使い、大学サッカーに雑草魂で挑戦していきたいと思います。
そして、どんな時も私を信じて応援してくれる父と母、弟のために、必ず結果を出します。

まとまりのない文章ですが、読んでくださりありがとうございました。

2017年10月5日木曜日

「怯まず驕らず溌剌と」 1年 持井響太





「怯まず驕らず溌剌と」
1年  持井 響太


「怯まず驕らず溌剌と」

この言葉は元滝川第二高校監督、現在は台湾代表監督である黒田和生先生が考えた滝川第二高校サッカー部のモットーである。
と言われてもこの言葉の意味がピンとこないと思う。
自分も入学式当初は漢字すら読めなかった。当然、意味もわからない。
だが、意味を理解するとサッカーをするにあたっての基本である事に気付かされた。

まず「怯まず」とは、自分より強い敵が来ても恐れずに立ち向かって行くこと。
「驕らず」は、もし敵が自分たちよりレベルが下で、自分達が圧倒的優位な状況であっても、慢心にならず、100%の力を出して戦うこと。
最後に「溌剌と」とは、学生らしくサッカーそのものを楽しんで、元気にプレーすることである。

スポーツマンからすると当たり前だと思われがちだが、この言葉をプレーとして実行することは難しい。又、継続することはさらに難しい。そしてサッカーは何が起こるかわからないスポーツで、突然のイレギュラーにも対応しなければならない。その中で結果を出す為に、この言葉がどれだけ重要かがよく分かる。どんな状況でも勝つことが最優先される中で、「怯まず驕らず溌剌と」は勝つチームの基本である。そして学生サッカーではプロではないので、この精神を徹底するべきだと考える。

最後に個人的な話になってしまうが、今自分は怪我をしている。初めての長期離脱に苦しめられている最中だ。それでも前を向くしかないし、地道なリハビリを継続するしかない。この期間を決して無駄にせず今できることに専念し、色々な角度からの考えを吸収したい。たくさんの人に支えてもらっていることを忘れずに、恩返しできるよう、日々のトレーニングに励もうと思う。

まとまりのない文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。


2017年9月11日月曜日

「家族の大切さ、兄の存在」1年 蓮川壮大


「家族の大切さ、兄の存在」
1年 蓮川壮大


こんばんは。
1年の蓮川壮大です。

少し文章が長くなりますが、最後までお付き合いして頂けると嬉しいです。


「感謝」
ありきたりの言葉だと思う方もいるかもしれない。
ただこのよく聞き慣れた、「感謝」こそ、1人の人間として、1人のプロサッカー選手を目指すスポーツマンとして最も必要で大事なことだと私は思う。


私はとても恵まれた環境で日々生活し、そしてサッカーをしてきた。
現在、明治大学監督の栗田さんやスタッフを始め、ユースまでお世話になったFC東京のスタッフ、どんなに遠い地でも応援に駆けつけてくれた東京サポーターの方々、共に同じ夢に向かって切磋琢磨した大好きな仲間達、たくさん笑った高校の友達、小学校のチームのレジスタFCのスタッフなど、他にもたくさんの方々に支えてもらって今の私がいる。

そんな中でも常に自分の味方、自分を正しい方向に導いてくれたのは「家族」である。
どんなに辛い、悔しいことがあっても家に帰れば温かい母、尊敬する父、優しい祖父母がいて、私と同じ夢を持つ憧れの兄がいた。
家族についてまだまだ書きたい事がたくさんあるが、長くなるので完結にまとめると、私は家族みんなが大好きである。


私の夢は、プロサッカー選手になりFC東京のエンブレムを背負い味スタで躍動すること。そして、お世話になった方々を試合に招待し、大勢の青赤サポーターと共に「シャーシャーシャー」をやることである。
欲を言えば、兄と同じピッチでFC東京のユニフォームを着て戦いたい。


これが私にできる、家族、お世話になった方々への1番の恩返しではないかと私は考える。

この夢を達成するために、今シーズン残り4ヶ月弱という期間を1年生らしくフレッシュにかつ、貪欲に努力し前向きに明るく1日1日を過ごしていきたいです。



最後まで読んで頂いた方、本当にありがとうございました。
まだまだ未熟な私ですが、これからも応援よろしくお願いします。



2017年8月21日月曜日

「マネージャーになるまで」 1年越智 友希帆

「マネージャーになるまで」
1年 越智 友希帆

初めまして。
今回部員ブログを担当させていただきます、経営学部1年マネージャー兼学連の越智友希帆です。


私は、1歳から18歳までずっと音楽をしていました。スポーツとは無縁だった私がなぜ明治大学体育会サッカー部に入ろうと思ったのか。

それは入学してすぐ、2年生の部員に『マネージャーに興味無い?』と誘われたのがきっかけです。そしてお話していくうちに東京都サッカートーナメントの決勝を見に行くことになりました。サッカーの試合を最初から最後まで見たのか初めてで、ゴールが入った時、鳥肌が立つほど感動したのは今でも鮮明に覚えています。


その日の帰りマネージャーの先輩方と帰る中で、仕事の内容ややって良かったことなどいろんな事を教えて頂きました。マネージャーは臨機応変に対応できる事が求められ、今何をすべきなのかを常に考えて行動している先輩方は凄いと思いました。それと同時に、私もこんな風になりたいと思うようになり入部しました。


私は、大学サッカーの学連という組織にも所属することになりました。総務部といって、大学サッカーをよりよくするための大人の会議の運営をしています。


右も左もまだわからない私ですが、私なりに体育会サッカー部に貢献できるようマネージャーの先輩方から多くのことを吸収し、選手から頼れるマネージャーになれるよう成長していきたいです!

まとまりのない文章になってしまいましたが、最後までご拝読いただき有難うございました。
今後も明治大学体育会サッカー部をよろしくお願い致します。


「Sky's The Limit」 1年 堀 莉彩子


「Sky's The Limit」
1年 堀 莉彩子

初めまして!
今回の部員ブログを担当致します、政治経済学部経済学科1年、マネージャーの堀 莉彩子です!

私はサッカーが大好きです。
中高時代、部活動や勉強で忙しい中で、週末はJリーグを見たり、頑張って夜中まで起きて海外サッカーを見る生活を送っていました。

少しだけ個人的なことをお話しすると、一番好きなポジションはSBで、鹿島アントラーズの西大伍選手が好きです!あの、SBがオーバーラップを仕掛ける時の高揚感は本当にたまりません。


そんな私が、

「サッカー部のマネージャーをやりたい。」

そう思ったきっかけは、中学生の時に全国高校サッカー選手権の決勝、星稜高校vs富山第一高校を見に行った時です。

その時からサッカー部のマネージャーになることが私の夢であり、目標でした。

サッカーの強豪校に入りたいという目標を持ち挑んだ大学受験を終え明治大学に進学が決まったあと、自分には本当にマネージャーができるのかと不安になり、やるかどうか悩みました。
しかし中学生の時からの夢であったので、夢を叶えられるチャンスがすぐ近くにあるのにと思うと諦め切ることが出来ず、マネ日記や部員ブログを見てやはりこの世界に携わりたいという思いが強くなりました。

そして、マネージャーの先輩に選んでいただき、マネージャーになることができました。

最初の私はサッカーが自分の近くにあることに幸せを感じていたものの、自分の無力さを感じて悩みました。
私は中学高校とソフトテニス部に所属していました。そこでは球拾いやボールを置く位置など、多くの守らなければいけないルールがありました。
そんな決められたルールの中でやっていればよかった中高時代とは違い、大学生というのは、自分で判断して行動しなくてはいけません。
特にマネージャーの仕事には、サッカーと同じように正解がなくて、決まりもあるけれど、選手のためにできることを自分で考え、常に先を読み、自分自身でその場その場で対応していかなくてはいなりません。
その環境に最初は戸惑いを感じましたし、出来ない自分がとても悔しかったです。


わたしは器用なタイプではないので、理解するまでに時間が必要で、覚えることにも時間がかかってしまいます。まだまだわからないことだらけで、先輩や同期に頼ってばかりです。質問ばかりの私にたくさんのことを教えてくださる先輩方には感謝の気持ちでいっぱいです。そんな自分に悔しい思いでいっぱいになります。

しかし、私にできることは努力以外にはないので、誰よりも努力をして、サッカー部のマネージャーとしての自分を誇れるよう、早く一人前になれるよう、頑張っていきたいと思います。

私の大学四年間での目標は明治のサッカー部をもっと大きくすることです。

入部したての頃に集中応援のビラ配りをした際、明大生でビラを受け取ってくれる人もサッカー部に興味を持ってくれる人も、自分の想像よりもいませんでした。
明大サッカー部はサッカーを知っている人の中では有名でも、サッカーに興味がない人にとってはサッカー部というだけなんだと痛感し、明治といえば六大学野球!とかラグビー!と思っている人が多いことを知りました。
それを変えたいです!


「Sky's The Limit」

これは私のとても好きな言葉で、空に制限がないように人間に限界はないという意味です。自分にできないことはないと信じて、日々努力することを忘れずに、この四年間で明治大学体育会サッカー部をもっともっと大きくできるように、明大生がサッカーを見に来てくれるように、明治といえばサッカーと言ってもらえるように。
「自分が選手のために何ができるか」ということを常に意識し、探しながら、先輩方にご指導いただき、同期と助け合い、一生懸命に頑張っていきたいと思います!


長くなってしまいましたが、最後まで読んでくださりありがとうございます!
今後とも、明治大学体育会サッカー部の応援をよろしくお願い致します!

「日本一」1年 青木彩耶

「日本一」
1年 青木彩耶

初めまして!今回部員ブログを担当させていただきます、法学部法律学科1年マネージャーの青木彩耶です。

私はサッカーの中でも特に高校年代のサッカーが好きで、1人で大晦日に選手権を見るために新潟から千葉へいってしまうほどです。好きな選手はアルビレックス新潟の小泉慶選手と原輝綺選手、ニースのマリオバロテッリ選手です!

私は母校である新潟明訓高校でサッカー部のマネージャーをしていました。毎週リーグ戦や遠征などで忙しい日々を送る中で、サッカーを通してたくさんの経験や出会いをさせていただきました。
高校時代から「なにが楽しくてマネージャーしてるの?」と聞かれることが度々あります。
中学3年の時、流通経済大学付属柏高校出身、現アルビレックス新潟の小泉慶選手に強い憧れを抱いていました。小泉選手が高校3年生の時、高円宮杯U-18チャンピオンシップで優勝し、彼が見た日本一の景色を私も見てみたい!と思ったのがマネージャーを始めたきっかけです。
私が高校2年の時から明訓はプリンスリーグ北信越に属し、遠征などに帯同させていただきました。インターハイ、プリンスリーグ北信越優勝、2度のプレミアリーグ参入戦、そして第94回全国高校サッカー選手権大会新潟県大会優勝という貴重な経験をさせていただきました。「選手権に出たい」という私の夢の1つが叶ったあの日の、あの瞬間の感動を今でも忘れられません。新潟明訓高校サッカー部での経験と仲間は私の一生の宝物です。
大学に進学し、マネージャーを続けるか悩んだ時期がありました。そんな時、高校時代の写真を見返していると、得点して喜んでいる選手の笑顔の写真がたくさん出てきました。マネージャーは直接試合に関わることはできないけれど、選手と一緒に喜びを分かち合うことができます。そんな時に、マネージャーとしてのやりがいを感じられるのです。だから私は、高いレベルで日々切磋琢磨しているサッカー部で、また高校の時のようにマネージャーとしてチームに貢献して仲間と喜び合いたいと思いました。
入部が決まり、サッカー部の1年生のみんなと初めて顔を合わせた日、私はこの人たちのために何ができるんだろうと考えました。そんなことを考えていると、入部が決まった日の夜、1年の住永が「日本一になれるように共に頑張ろう」とメッセージをくれました。その時に改めて、「私も日本一になりたい。みんなのために自分にできることを全部しよう!」と強く思いました。
「日本一」という言葉は言うだけなら誰でもできます。軽々しくその言葉を口にしてはいけないことも承知しています。それでも私は明治大学サッカー部で日本一を目指したいのです。
明訓の仲間や先輩、友人、北信越や新潟県出身の方々が関東リーグやそれぞれの舞台で活躍しています。私もみんなに負けないように、ここまでマネージャーを続けさせてくれた両親や応援してくださる監督をはじめとした明訓のスタッフのみなさんへの感謝を忘れず、この仲間との出会いに感謝し、共に日本一を目指して選手のサポートに励んでいきます!

最後まで読んでくださりありがとうございました。今後も明治大学体育会サッカー部をよろしくお願い致します。

2017年8月9日水曜日

「一燈を提げて暗夜を行く」 1年 時里元樹



「一燈を提げて暗夜を行く」1年 時里元樹

こんにちは。
今回部員ブログを担当させていただきます商学部一年の時里元樹です。

このような機会を頂いたので、プロフィールにも載っている私の好きな言葉について紹介させていただきます。

『一燈を提げて暗夜を行く。暗夜を憂うることなかれ。ただ一燈を頼め。』

これは江戸末期の儒学者、佐藤一斎の名言です。
この言葉を知ったのは中学2年生の頃。
学校で配布されるプリントに校長先生からのお話の欄に書いてあったのを読んだ時のこと。そこにはこの言葉、そしてその意味が書いてありました。

たった1つの燈を提げて暗夜を行く。
暗夜、つまり困難や壁、それにぶつかった時に頼れるのはそのたった1つの燈、つまり自分がやってきたことであったり今まで積み重ねてきた自分しかいないという意味の言葉でとても感銘を受けたのを覚えています。

この言葉から私はどんな困難や壁も今まで自分がやってきたことを信じれるかどうかにかかっているのだと学び、何度も壁を乗り越えてきました。

今、私は新たな環境で多くのの困難や壁に直面しています。しかし、これは伸びしろであり、私にとって成長の糧であることに間違いはありません。
これからも自分を磨き、自分を信じ、たくさん壁にぶつかり、乗り越え、成長したいと思います。

まとまりのない文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

2017年7月28日金曜日

「ミスターマリノス 松田直樹選手」1年 常本 佳吾







「ミスターマリノス 松田直樹選手 」
1年 常本佳吾


今回部員ブログを担当させて頂きます、
政治経済学部1年の常本 佳吾です。


もうすぐ8月に入りますが、8月4日。
この日はマリノスファンなら誰しも忘れられない日です。

ミスターマリノスと呼ばれる松田直樹選手の命日です。

この季節になると私はサッカーを出来る喜びと有り難さを感じます。


私は小学校3年生でマリノススペシャルクラスに入り、高校卒業までの10年間、マリノスというクラブに所属していました。
練習場所はトップチームのすぐ隣のグラウンド。毎週土曜日、日曜日は自分の練習時間ギリギリまでトップチームの練習をネットにへばりついて見ていました。

トップチームの選手はミニゲームになるとリラックスした表情でプレーしているなか、松田選手は楽しむと同時に1人だけ本気でボールを追いかけて仲間に怒っていたのを今でも鮮明に覚えています。
負けているチームがこれ以上失点したくないが為にボールを追って来なければ、ボールに座り込むなど、サッカー界をもっと盛り上げようとしていた松田選手。

サッカーに対する愛ともっとサッカーを楽しんでもらいたい。その気持ちを表現できる松田選手は今でも尊敬している選手の1人です。

何事も本気で向かえば愛され続ける男になれると松田選手は教えてくれました。


今ある環境に感謝し、サッカーを本気で楽しみたいと思います。


まとまりのない文章でしたが最後まで読んでいただきありがとうございました。



2017年7月16日日曜日

「心技体」 1年 住永翔



「心技体」
1年 住永 翔


今回ブログを担当させて頂きます、1年の住永 翔です。
少し長くなりますが最後まで読んで頂けると幸いです。


「心技体」

私は兄の影響で3歳の頃からボールに触れ、サッカーを始めました。
様々な地でサッカーの経験と年を重ねてきました。
その中で私は心技体について私なりの読み取り方を伝えたいと思います。

心技体は人により様々な見解があります。
なぜ心技体という順番なのか不思議に思い、考えた末に辿りついたのが、心技体を縦に変化させることでした。心が上、技が真ん中、体が下です。

サッカーだけに関わらず、どのスポーツにも心(気持ち)が何よりも大事だと思います。しかし、上に行けば行くほど心(気持ち)だけでは相手に勝つことはできなくなります。そこには技術が必要です。ですが心(気持ち)と同じで技術だけでも相手に勝つことはできません。それは体も同じです。

私の考えでは、上の心が1番大事ですが、その心(気持ち)を下の体が支えます。真ん中の技は努力の結晶です。その努力には自分に打ち勝つ、強い心(気持ち)と、それを動かす体が必要だと考えます。

私は、心技体全てにおいてまだまだ未熟で、足りないことばかりです。しかし、明治大学体育会サッカー部という心身ともに成長できる環境に身を置けたことにより、成長する可能性は無限大だと思っています。
そして、自分の成長と共に明治大学体育会サッカー部のレベルアップや、チームの勝利に少しでも貢献できるような人間になるために1日1日を過ごして行きたいと思います。

拙い文章でしたが、最後まで読んで頂きありがとうございました。

2017年5月29日月曜日

「The ディフェンダー」 1年 佐藤瑶大




「The ディフェンダー」 1年 佐藤瑶大



今回の部員ブログを担当させていただく、情報コミュニケーション学部情報コミュニケーション学科
駒澤大学高等学校出身
一年の佐藤瑶大です!
ポジションはセンターバックです。
好きな芸能人は石原さとみさんです。


 今回のテーマであるTheディフェンダーについてですが、自分が理想とするディフェンダー像は、こいつがいれば守れるというディフェンダーです。

話が変わりますがここでディフェンダーあるあるを言いたいと思います。
ディフェンダーって楽しくなくね?とよく言われます。


自分は過去10回程こんなことを言われたことがあるのでディフェンダーの魅力を少しだけ書きます。

・ヘディングで競り勝ったとき。
・試合を通して0点でおさえる。
・相手を完封する。
・予測をして相手の攻撃の芽をつめたとき。
もっとありますがざっとこんな感じです。

そんな中でも、こいつがいれば守れるというディフェンスができるディフェンダーが1番魅力的。

日本で言ったら昌子源選手ですかね。
あのThe ディフェンダーという感じがとても好きです。
海外だとぺぺ選手です。
ぺぺ選手は怪我多いですけどあの荒い感じとか、足で突く感じ、抜かれないディフェンダーというところが好きです。
試合前とかモチベーション動画によく見ます!

このようなディフェンダーを象徴するような選手になれるように、怪我人の間に強くなって成長できるようにして、来年から関東リーグの試合やカップ戦、トップチームの公式戦に出場することができるように頑張りますので、応援よろしくお願いします!

長くなりましたが読んで下った方ありがとうございました!

2017年5月5日金曜日

「 Me,Myself,and I 」 1年 狩土名 禅



「 Me,Myself,and I 」 
    1年   狩土名 禅


こんにちは!
今回ブログを担当することになりました。
文学部文学科一年の狩土名禅です。

私のバックグラウンドを少し話したいと思います。

私は日本生まれですが、父の仕事の関係で7歳から15歳の8年間をアメリカ、テキサス州で過ごしました。「え、アメリカに住んでたの?!アメリカンジョーク言ってよ!」と思う方が多いと思いますが、私は残念ながらそのようなキャラではないので持っていません。

中学をアメリカで卒業し、高校は群馬の桐生第一高校に進学しました。 悔しいながらも3年間一度も選手権に出場できませんでしたが、 大切な仲間を作り、充実した高校生活でした。

そして大学はもちろん、明治大学に進学しました。明治大学サッカー部では色々なタイプの選手がいて、毎日サッカーを楽しんでいます。しかし最近は怪我に悩まされ、リハビリの日々が続いています。

リハビリをやっていると自分と向き合う時間が多く、勉強になることがあります。
小説を読む、散歩に出かける、1人で映画鑑賞。最近は1人でいればいるほど新しい発想が出てきます。特に、サッカーと全く関係ない情報が意外とサッカーの悩みの答えになったりするのです。

アメリカでは「Me, Myself, and I」(私、私自身、そして自分)という言葉があります。この言葉を胸に、自分自身と向き合い、時間をかけてサッカーを全力で楽しみます!

明治大学では自分らしいプレースタイルで攻撃しまくり、人を笑顔にする選手になります。明治大学の応援を今後ともよろしくお願いします。

最後に、私を常に支えてくれている父、母、そして兄に感謝の言葉を伝えたいと思います。


まとまっていない文章ですが、読んでくださりありがとうございました。




2017年4月23日日曜日

「サッカーを教えてくれた兄」 1年 小柏剛

 
 
「サッカーを教えてくれた兄」
1年 小柏剛


こんにちは。
今回ブログを担当することになりました。
商学部 商学科一年の小柏剛です。

今回は私の兄について書こうと思います。
 
私がサッカーを始めたのは4歳のときです。
兄の影響で始めました。小さい頃、兄が外出すると、私は金魚のフンのようについていきました。
それが理由で、小さい頃私は自分の友達より兄の友達と遊ぶことの方が多かったです。
私がやったことのほとんどが兄の真似事で、サッカーもその1つです。
サッカーのルールや基礎を教えてくれたのも兄でした。
なので兄がサッカーに興味を持たなければ私は今サッカーをしてなかったと思います。
 
私が高校生のときは、寮生活の私と一人暮らしの兄では中々会う機会がなく、話すことも少なくなりましたが、
夏休みの帰省の時期など2人とも実家にいるときは一緒にサッカーをしてくれました。
 
 
現在、兄は大学四年生で、就活をしています。
忙しい兄ですが私のことを気にかけてくれていて結果が出ないとき、
逆に結果が出たときにはよく連絡をくれます。

兄は私のことを応援してくれていて、その期待に応える為にも
この明治大学体育会サッカー部という素晴らしい環境で努力し、良い報告をしたいと思います。
 


まとまりのない文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

2017年4月11日火曜日

「サクラマスに俺はなる。」1年 岩田寛生


 
「サクラマスに俺はなる。」

1年 岩田寛生

 

こんにちは。
1年の岩田寛生です。

入寮してからはや2ヶ月が経とうとしています。
時間の流れがはやく、とても充実した時間を過ごせています。

突然ですが、ヤマメとサクラマスについてお話ししたいと思います。
 
ヤマメは20cm程の大きさで、川の上流などの冷水域に生息しています。一方、サクラマスは70cm程の大きさで、太平洋北西部中心に生息しています。
 
この説明を聞く限り、ヤマメとサクラマスは全く違う魚だと思いますよね。僕もそう思いました。でも、実は同じ卵から産まれた、全く同じ種類の魚なんです!!!
 
ヤマメもサクラマスも川で産卵され、川で成長します。しかし、15cm程に成長した頃、縄張り争いをするようになります。
その戦いでの勝者が川に残り、ヤマメとなります。その戦いでの敗者が川を下り、海へ追い出され、サクラマスとなります。
 
なぜ縄張り争いに負ける弱い魚(サクラマス)が、海へ出て、産卵時に川へ帰って来る頃には、ヤマメの3倍以上もの大きさになるのでしょう。
それは"環境"の違いです。
海には波があり、危険がたくさんあります。川に比べ、非常に厳しい環境です。
その環境で生き抜くために、サクラマスは成長したのです。
同じ種類の魚でも、"環境"の違いでこれほどの違いがでるのです。
 
つまり、"環境"は成長するための重要な要素の1つなのです。

 
 
私は明治大学体育会サッカー部という海に出てきました。
全国で名の通ったチームを代表していた選手がごろごろいる、非常に厳しい環境です。この環境に身を置き、努力すれば何倍も成長できると確信しています。
しかし、自分はまだまだ甘く、生死がかかったサクラマスのように努力できていません。
環境に頼るだけでは、成長できません。
 
なので、私はサクラマスになります。生きるか死ぬかくらいの気持ちで努力し、今より何倍も成長したいと思います。
また、この環境でサッカーをできていること、支えてくれる家族、応援してくれる友人への感謝の気持ちを忘れず、努力したいと思います。
 


拙い文章でしたが、最後まで読んでいただきありがとうございました。